ちょっと、お知らせ
毎年セイカツ舎宛てに年賀状をくださっているマメな方々、ありがとうござます。
今年の5月に管理人実母、ここでも時折登場していた「婆」が他界いたしまして。喪中につき年末年始のご挨拶を失礼させていただきます。
本来なら喪中欠礼の案内をお送りしなければいけないのですが、母の実名を公表するのは少々憚られるものがありまして、こちらで欠礼の挨拶とさせていただきます。重ね重ねのご無礼お許しください。
平成25年11月 ヤマシタセイカツ舎管理人ヤマシタ
【今夜の独りズモウ】親類宛ての喪中ハガキを投函し終わった日の夜に見た夢。郵便局の近くを歩いていたら婆がゴーゴー(老人用押し車)を押して歩いていて買い物の帰りだと言う。アンタは何処に行っとった?と聞かれたので、フツーにアンタの喪中のお知らせ出しに行った帰りだよと答えて、ゆっくりゆっくり、あの人の生前時と同じように、ノロノロと進むのを時折待ちながら一緒に歩いて帰って来て。婆は何か言った後、家の方へは曲がらず何処かへと行ってしまったのですが。何を言ったのかは覚えていないんだけど、もう婆とは同じ屋根の下に生きて住んでいないっていう気持ちの整理が始まってるんだな。
そうだったのですね…
私がやまけろさんの夢を見た~とか
脳天気にコメントをしたりしていた頃でしょうか
ごめんなさい
確かお母様、雷蔵ちゃんをかわいがってらしたような…
雷蔵ちゃんも何か感じていたでしょうね
夢…やはり私も見るのかな
今は介護と戦ってますが^^;
いえいえ、コメントいただいて元気を養っていましたから気になさらないでくださいね。
そそ、雷蔵は婆が大好きでしたから。婆の遺影の写真をじっと見ていたと思ったら、畳まれてしまった婆ベッドを見に行って不思議そうにしてましたね。
実は婆が亡くなって数ヶ月は全く夢に出てこなくて。つい最近フツーに会話したりして出てくるように。しも1さんも介護でがんばってるんですな。無理しすぎないように適度に力抜いてくださいね。
夢に出てきてこられたのですね☆
私は10月に叔母がなくなり、さんざん泣いたけれど(仕事でも姪としても可愛がってもらった)
何となく実感のない中、もう会えないんだとゆっくり整理しています。それでもまだ涙が出てきちゃいます。まだ大丈夫と
なかなか忙しさにかまけてお見舞いに行けなかった罪悪感みたいなものがあるのかもですが…
日和君、なんてポージングなんでしょ!!今やひそかな猫侍ブームで白猫がきていますが…
また前後の表情とか角度の対比がなかなかグッドショットです♪
最期を看取ったのですが、それでも実感はないまま数ヶ月が過ぎました。未だに、買い物で丁度良さそうなバッグとか見掛けるとディサービス用に買っておこうか、なんて思ってしまったり。猫ラッキーさんも少しずつ実感がわいてくるのかもしれませんね。悲しいことではありますが。
猫侍、白猫の出てるシーンだけ見てます(爆)いやぁ可愛いですね、白猫。
お母様のそんな夢、私も父やおっちの夢を淋しくても見たいです。
でも見たら見たで、切なくなってしまうんでしょうかね(^^;;
その節は、お忙しい時におっちの事で連絡してしまってゴメンナサイ。
亡くなった私の父はおっちと仲良しだったので、今頃二人で私達を見守ってくれてるといいなぁと思ってます。
小次郎や華は、おっちの夢見るんでしょうかね^_^
小次郎、とても頑張ってます。お母ちゃんも頑張るぞ!(笑
お母様、おっちのこと可愛がって下さい。
管理人も、婆が全然夢に出てこないなぁと淋しく思っていたんですが、出てきたらきたで何とも言えない悲しい気持ちが込み上げてきました。
おっちが亡くなったときには、わざわざご連絡くださってありがとう。おっち大好きだったの覚えていてくださったんですね。おっちと婆が亡くなったのは同じ頃だったはず、天国行きの道では前後して並んで抱っこして撫で撫でさせてもらっていたかも。
私は大好きだった父が亡くなった時、結構毎晩夢を見ていて、それも父が
「迎えに来た」というのですよ。
そしたら母が私の背中を押して「行きなさい」って。
オイオイ、私の両親は私を殺したかったのか?って目が覚めて
笑っちゃいましたよ。
脳腫瘍の手術が決まった時も父の夢をよく見ました。
「お迎え?!」ってびくびくしてましたが、彼は彼なりに心配してたのかも。
夢って面白いけど、せつないですよね。
くろさんのご両親は、くろさんが心配で心配で連れてってやるって言っちゃってるんでしょうな(笑)
そそ、夢って面白いけど、自分の思考の中で後悔していたこととかが出てきたりして切ないなぁと思うことも多いですな。
お久しぶりでございます。
たまにこっそり大人しく拝見しておりましたが、婆さまお戻りになられたんですね。
「雷ちゃんがもう頭なでてもらえない」って書いてあったの確かに覚えてるんですけど入院の事かと思っていました。
たまに伺う雷ちゃんと婆さまのお話にはなんだか気持ちがほっこりしていたので私も寂しいです・・・。
あれ?でも写真はマゴマゴ日和ちゃんなんですね?いや、いいんですけど。(笑)
返信遅くなって申し訳ない。
そそ、とうとう出直しとなり戻っていきました。
婆ちゃんの祭壇の写真を見た雷蔵が、スリスリしたくて祭壇の前でウロウロ迷ってる写真があるのですが、またこれは別の機会にと思って。雷蔵はホント婆ちゃんが好きだったんだなぁと見ながら泣けてしまった管理人っす。
やまけろしゃん、そんなことでしたか。
わかっていること、順番とはいえ、、、やはり寂しくなりますね。
私の方は…
まあ、足掛け13年位でしょうか。父亡くなってから、怒涛の3年
でしたが、今ちょっと落ち着いてます。
身内がなくなると、心の整理もですが…
残されたおうちの中のものの整理が…うっっ…ときます←をい
うちのは手のかかる怪獣みたいな母ですけど…
長く生きてほしいと思ってしまいますねえ。
関係ないけど日和ちゃんは女の子みたいだわ~
お返事遅くなって、すんまそん。
親が亡くなるって、片親だけ亡くなったうちは、まぁそんなに実感はなかったんですけど、唯一自分の生まれてからの諸々を知り尽くしてる親が居なくなってしまうって、こういうことなんだなとひしひしと感じてます。頼られてばっかりだったんだったんだけど、頼る人が居なくなる実感というんでしょうかね。けえこちゃん、お母様が一年また一年と長生きされますように。
そそ、ひよよ僕ちゃんは女の子っぽいっすよね。
私も今年実父を亡くしまして今は残された母と父の姉(独身。母にとっては憎い小姑)の生活をどうするか、頭の痛い問題が山積みです。
私は駆け落ち同然で家を出て20年以上交流がなかった為に、母にとって私は20代のままの感覚だそうで不思議な関係になってしまいました。そうだよなぁ、母は私の30代40代をまったく知らないのだから。私にとっても母は50代の感覚。みんなからオバアちゃんと呼ばれているのが気持ち悪いのです。
と、まぁ私はこんな人生を送っていますよ。日和ちゃん、可愛いなぁ。レイリーも元気で肥満細胞腫はあと3週間薬を飲んだら完治予定ですよ。
返信遅くなりまして申し訳ないっす。
お父様、残念なことでしたね。残されている肉親とのウンヌン、心中お察しいたします、ほんと頭が痛くなりますな。管理人も独身の叔母がいるのですが、母が危篤で連絡入れるも「行けないわぁ」と言いながら旅行に行ってるらしいし、その後も知らん振りなのでどうしたもんだか。
みよさん、お母様と共にタイムスリップ状態なんですな。うん、確かに久しぶりに会ったヌケ作妹が50代になってたら頭がついていかないかも。
レイリー大変でしたな、みよさん、お疲れ様でした。レイリーは抵抗なしに薬飲んでくれるんでしょうか?